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なぜ今、人的資本なのか?

提供元:三井住友DSアセットマネジメント(責任投資オフィサー 坂口 淳一)

人的資本の充実に応じて企業価値の向上が期待できる。この命題は直感的にも論理的にも正しそうです。人的資本に注目が集まる以前から、社員が働きがいを感じて働く組織の成長性が高そうであることは容易に想像でき、働きがいを引き出す仕組みが実効性をもって機能しているかどうかは投資判断の上でも重要なポイントです。
 
しかし米調査会社ギャラップが2022年に実施した調査によれば、熱意あふれる社員の割合が日本は5%と極めて低く、調査対象129カ国中128位という残念な結果でした。
 
TOPIX構成企業の内、PBR1倍を下回る企業が半数以上(2023年1月末)という状況も、無形資産(便宜的に株式時価総額から貸借対照表上の有形資産を差し引いたもの)がほとんど評価されていないことを示しています。無形資産の一部と考えられる人的資本を拡充できれば、無形資産の価値が高まり、株式時価総額も上昇すると指摘したのが、2020年9月に経済産業省から公表された人材版伊藤レポートです。
 
 では、人的資本拡充のために望まれる具体的な取り組みについて見ていきましょう。

人材戦略の策定

社員が仕事に働きがいを感じる大きな要因として、企業が掲げるパーパス(社会における存在意義と貢献)への共鳴が挙げられます。社員が腹落ちして仕事に向き合えるかどうかです。そのためにはパーパスを起点とした経営戦略、その経営戦略と連動した人材戦略をストーリーとして提示する必要があります。
 
最近、新たに人事部門のトップとしてCHRO(Chief Human Resource Officer)を配置する企業が増加していますが、CHROは明確な経営責任を担いつつ、経営戦略を実現するための人事戦略を統括する役割を担います。従来の人事部門のオペレーションをリードする人事部門長とは役割を切り分けるケースが多いようです。

ジョブ型雇用の導入

経営戦略と人材戦略の連動を強化するためにはジョブ型雇用の導入が効果的と言われることが多いです。従来の年功序列に象徴されるメンバーシップ型雇用からの制度変更です。
 
メンバーシップ型雇用は、環境変化が比較的小さく、横並び・安定成長の時代には有効でしたが、低成長時代に入り先行きが見通しにくい環境下で、スピードと破壊的イノベーションが求められる時代においては機能しにくくなっています。ジョブ型雇用では、専門性を備えた職責の明確化、事業戦略とリンクした組織設計と人材配置、これらによる生産性の向上、イノベーションの活発化を狙います。
 
必要なポジション(報酬と連動)にその業務を遂行できる能力を有する人材を配置する「適所適材」の考え方を基に、中途採用、社内公募制等を含めた幅広い人材から適格者を選抜します。その過程で既存社内人材のスキルが不足する場合には、「リスキリング」を施してギャップを埋める必要があります。

DEI&Bの推進

適所適材の人材配置では、DEI&B(Diversity, Equity, Inclusion, and Belonging)についても同時並行で取り組む必要があります。特に女性活躍の推進は多様性の視点から企業の持続可能性に直結します。先行きが不透明な時代だからこそ、女性を含めた多様な着眼点はリスク管理の高度化や、イノベーションの促進に寄与するはずです。
 
さらに多様な人材を維持し活躍してもらうには、社員を公正に処遇し、心理的安全性を高めることが必須です。特にグローバル市場の攻略で成長を目指す企業であれば、日本人材、海外人材を隔てることのない一貫性のあるグローバルな人材マネジメントが重要になります。

ウェルビーイングの引き上げ

ウェルビーイングとは、肉体的、精神的、社会的に継続して良好な状態を意味します。社員が潜在的な能力を発揮できる理想的な状況と言えます。経済産業省も、社員の健康保持・増進の取組が、将来的に収益性等を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践する「健康経営」を推進しています。
 
一方で、社員が企業に持つ信頼度、自発的な貢献意欲を示す指標に「従業員エンゲージメント」があります。多くの場合、直属の上司が一対一で定期的に社員と面談し、支援を通じて不安の解消に努め業務に納得感を与えます。従業員エンゲージメントの向上はウェルビーイング引き上げの大きな要因となります。また多様なライフスタイルに合わせた時間、場所を問わない柔軟な働き方の提供もウェルビーイング引き上げの有効な手段でしょう。労働力人口が減少する中、有能な人材を獲得、維持するためにウェルビーイングを重視する経営は大きなトレンドになっていくと予想します。

 

人的資本の情報開示

人的資本を含む非財務情報開示の機運が進みつつあります。人的資本の 開示ガイドラインとして2018年に示されたのが11の開示領域から構成 される「ISO30414」で、その後、2021年に米国で「人的資本開示」が法 制化され、日本でも2023年3月期決算から人的資本開示が有価証券報告書 において義務化されます。
 
既に多くの日本企業が統合報告書やサステナビリティレポートで開示を 行っており、企業によって取り組みの度合いに大きな格差が生じています。 開示において重要なポイントは、人的資本が明確に経営戦略に組み込まれ ていること、PDCAを回しながらその戦略を実践していることを、独自性を もって示すことです。
 
具体的には、その企業が考える重要なKPIを設定し、現在地点、中長期目標、 目標達成のための課題、課題克服のための施策などを丁寧に説明することが望まれます。
 

【ISO30414の11領域】
①コンプライアンスと倫理
②コスト
③ダイバーシティ
④リーダーシップ
⑤組織文化
⑥組織の健康・安全・福祉
⑦生産性
⑧採用・異動・離職
⑨スキルと能力
⑩後継者育成
⑪労働力確保

三井住友DSアセットの取り組み

「人的資本」は当社が定めているマテリアリティの一つです。優れた人材戦略の有無が企業価値に大きな影響を及ぼすと認識し、当社では投資先企業に対して中長期的な経営戦略と整合した人材戦略に基づく社員の採用・育成、および社員が企業価値向上に向けて能力を最大限発揮できる職場環境づくりに取り組むよう働き掛けを行っています。
 
DEI&Bについては、まだ取り組みが遅れている日本企業が多いのが現状ですが、DEI&Bの推進が組織の成長や活性化、企業価値の向上につながると認識し、対応が不十分な企業に対しては、中長期の目標設定や情報開示の拡充などを求めています。
 
今年度は企業のCHROと集中的に対話し、当該企業の人的資本の実態把握に努めています。人材戦略の枠組みや具体的な施策について議論することで、取り組みの本気度合いや実効性が推測され、効果的な投資判断に結び付けています。また優れた事例を他社のエンゲージメントに活用する方針です。

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