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従業員持株会加入者比率は人的資本のKPIとなるか?

提供元:三井住友DSアセットマネジメント(責任投資推進室 小出 修)

現状認識!

東京証券取引所が発表した調査レポートによると、従業員持株会加入者比率(加入者数/従業員数)の時系列推移は、2002年度の51.3%をピークに低下し続けていることが読み取れます。ただし、2022年度を底として今後は上昇傾向に転じる可能性もあると考えられます。
これは、日本企業が長いデフレから脱却し、利益の一部を従業員へ配分しているためです。従業員も働くモチベーションが向上し、自社の好循環な成長を実感し始めている表れとも考えられます。

これにより、為替や金利などのマクロ要因とは別に、日本株に構造的にプラスの影響を与えるものと考えられます(需給面でのプラスだけでなく、他の効果も大きい)。

【図表1:従業員加入率の推移】

(出所)東京証券取引所の従業員持株会状況調査をもとに三井住友DSアセットマネジメントが作成


全体では低下傾向だが業種によって大きく異なる!

さらに、この調査レポートでは業種ごとに集計されており、以下のようになっています。 全体では下降傾向にあるものの、業種ごとに見ると、銀行や小売業のように下降傾向の業種もあれば、機械や輸送用機器のように上昇傾向の業種もあります。

下降傾向の業種、上昇傾向の業種ともに奨励金の積み増しを実施しているため、これらの下降・上昇には別の要因が影響していると考えられます。つまり、企業や組織がその従業員を単なる労働力(コスト)としてではなく、重要な資本として捉えていない企業や成長のイメージができない企業では、インセンティブを付与しても従業員持株会加入者比率はなかなか上昇しない可能性があります。

逆に、従業員を重要な資本とみなし、教育・研修、公平で透明性のある人事評価、働きやすい職場環境の整備などに力を入れている企業や、自社の成長がイメージできる企業では、今後従業員持株会加入者比率も上昇していく可能性があると考えられます。

【図表2:業種別従業員持株会加入者比率と平均支給額※の推移】

※ 平均支給額は拠出金1,000円につき会社が支給する奨励金額の平均値。
(出所)東京証券取引所の従業員持株会状況調査をもとに三井住友DSアセットマネジメントが作成


【図表3:業種別持株会加入者比率、2022年度】

(出所)東京証券取引所の従業員持株会状況調査をもとに三井住友DSアセットマネジメントが作成


企業との対話!

政策保有株式の縮減が注目されるなか、配当や自己株式取得といった株主還元だけでなく、人的資本への投資という観点から従業員持株会へのインセンティブ付与の話をすると、総じて前向きな企業側の姿勢が感じられます。また、デフレから脱却した日本経済の中で、インフレヘッジとして現金以外の選択肢を提供する一環として、まずはよく知る自社の株を勧める啓蒙活動に取り組んでいる企業もあります。

ただし、残念ながら従業員持株会加入者比率の時系列推移を開示している企業はまだ少ないのが現状です。対話の中で「水準が低いため開示には抵抗がある」との話をよく聞きますが、重要なのは水準の高低ではなく、比率が上昇傾向に転じるかどうかです。投資家側からすると、比率が上昇した場合、その理由を知りたいと考えます。

単にインセンティブ付与の効果なのか、あるいは過去からの企業の様々な取り組みの効果なのかを確認したいという意向を企業側に伝え、従業員持株会加入者比率の時系列開示を促しています。


まとめ!

従業員持株会加入者比率は、人的資本のKPI(Key Performance Indicator、重要業績評価指標)として有用であり、注目すべき指標であると考えられます。具体的な理由は以下の通りです。

  1. 従業員のエンゲージメント:従業員が自社の株を保有することで、会社の成功に対する関心や責任感が高まることが期待されます。高い加入率は従業員のエンゲージメントが高いことを示す可能性があります。

  2. 長期的な視点:短期的な成果だけでなく、長期的な会社の成長や安定性にも関心を持つようになることが期待されます。

  3. 離職率の低減:従業員が会社に留まる動機づけが強まるため、離職率の低減につながる可能性があります。これは人的資本の維持・強化に寄与します。

  4. 経済的インセンティブ:会社の業績向上が直接的に自身の利益につながるため、モチベーション向上に寄与することが期待されます。

ただし、従業員持株会加入者比率だけでは、人的資本を十分に評価することは難しいです。他のKPI(例えば、離職率、従業員満足度、研修時間、社内公募比率など)と組み合わせて評価することが重要です。

また、リスクとしてエンロン事件のように、従業員が401(k)プランを通じて自社株と職を同時に失ったケースがあったことも忘れてはなりません。

最後に、筆者はこのテーマが大変興味深く、息の長いテーマであると感じており、東京証券取引所の次回調査レポートが発行された後、2022年度をボトムに上昇傾向に転じるのかどうか答え合わせも含めて続報をお伝えしたいと思います。


<参考資料>
●日本取引所グループ 東京証券取引所 / マーケット情報 / 統計情報(株式関連)/ 調査レポート
 2022年度従業員持株会状況調査結果の概要について
https://www.jpx.co.jp/markets/statistics-equities/examination/04.html


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