「食のサステナビリティ」にもっと注目を︕︕
提供元:三井住友DSアセットマネジメント(サステナビリティ推進室長 丸山 勝己)
6月9日、黒人女優ハリー・ベイリーを主人公アリエル役に抜擢したことが話題となった実写版リトル・マーメイドが劇場公開されました。それと同じ日、東京の恵比寿や吉祥寺にあるミニシアターで一本の映画がひっそりと公開されました。そのタイトルは「ミート・ザ・フューチャー~培養肉で変わる未来の食卓~」で、「ミート」は「MEET(出会う)」ではなく肉を意味する「MEAT」。培養肉の商用化を目指すフードテック企業・アップサイド・フーズの研究開発の様子を追ったドキュメンタリー映画です。
近年、こうした培養肉や大豆ミートなどのいわゆる「代替たんぱく質」に世界中から熱い視線が注がれています。というのも、いま「食のサステナビリティ」がゆっくりと、しかし確実に危機的な状況に近づいているからです。本稿では「食のサステナビリティ」を取り巻く状況と国内外の取り組みを紹介しつつ、読者の皆さんと一緒に食の未来を考えてみたいと思います。
危機が忍び寄る「食」のサステナビリティ
2022年11月に世界人口が80億人を突破したことが話題になりました。40億人に到達したのが1975年ですので、それから50年足らずで倍増したことになります。今後は出生率の低下により増加ペースはやや鈍化するものの、国連の推計によれば2050年代半ばに世界人口は100億人に達すると見込まれています。
この人口増加に新興国の経済成長に伴う食生活の変化が加わって、鶏・豚・牛などの食肉や魚介類の需要が増加しています。食肉の生産には大量の穀物(飼料)と水を消費します。例えば、牛肉1㎏の生産には11㎏の穀物と20,600リットルの水が必要です。20,600リットルと言われてもピンときませんが、家庭のお風呂の浴槽約100杯分に相当します。
2013~2019年における熱帯林の消失の約6割が農畜産物の生産に起因しているそうです。世界の穀物消費の37%が飼料用であり、いまも食肉需要の増加に対応するために森林の農地転用が世界各地で行われています。こうした状況に対して、2021年の国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)では、温室効果ガスの吸収源としての森林の重要な役割が再認識されました。これは、国際社会が問題解決に向けて大きな一歩を踏み出したことを示しています。
一方、水産資源の枯渇も深刻な状況です。世界の一人当たりの魚介類の年間消費量は過去50年間で約2倍に増えました。こうした需要増加に対しては多国間の漁獲量割当などの水産資源管理の努力が行われていますが、IUU漁業(注)の影響もあり、水産資源のサステナビリティにも危機が忍び寄っています。
(注)違法(Illegal)、無報告(Unreported)、無規制(Unregulated)な漁業の総称
世界人口が80億人の現在でさえこのような状況であるのに、100億人に増えたらいったいどうなるのでしょうか︖
私たちの暮らしへの影響としては、焼肉や寿司を手軽な価格で楽しむことができなくなる時代がやってきても不思議ではないでしょう。もっと重大な問題としては、世界規模で食料危機が深刻化し、特に貧しい国では飢餓に苦しむ人々が急増することが考えられます。
フードテックは危機をチャンスに変えることができるか︖
「食」のサステナビリティを維持するために、食品ロスの削減、商慣行の見直し、未利用資源の活用など、国内外でさまざまな取り組みが行われています。そのなかでも注目されているのが、「代替たんぱく質」の商用化の取り組みです。
「代替たんぱく質」とは、家畜や魚由来の食品に代わるたんぱく源のことで、大豆などの植物由来、細胞培養、発酵由来、昆虫食の主に4つの種類があります。世界市場における「代替たんぱく質」のシェアは足元では1%程度ですが、市場規模は2025年には179億ドル、2040年には1.1兆ドルに達し、食肉全体の約60%が代替たんぱく質に置き換わるとの予測もあります。
このうち商用化がいちばん進んでいるのが大豆ミートなど植物由来でしょう。欧米の健康志向が高い消費者の間でヴィーガンフーズとして人気に火が付き、国内でも大豆ミートを使ったハンバーグや唐揚げがスーパーの食品売り場に並んでいます。一方、商用化のスピードは植物由来に劣っているものの、将来の食料危機の救世主として期待されているのが培養肉です。2013年に世界で初めて提供された培養肉ハンバーガーの製造コストはなんと33万ドルだったそうですが、いまでは冒頭のアップサイド・フーズをはじめ国内外で70社以上がコストダウンに取り組んでいます。
この培養肉を資産運用会社の視点で考えると、非常に重要な意味があります。それは、畜産業の工業化です。培養肉の研究開発には再生医療の技術が使われており、当初は小規模なラボでスタートしましたが、実用化に向けては大規模プラントで大量生産されることになります。畜産業が資本集約的な産業になれば、それを牽引する主体は個人経営や協同組合から企業に代わり、資金調達を行うために発行する株式や債券が私たち資産運用会社の投資対象となります。
都市国家であるシンガポールは、食料自給率の向上と新たなマーケットでの主導権を握ることを目指し、国をあげて国内外のベンチャー企業を誘致して培養肉の実用化を推進しています。畜産業が基幹産業である国にとって培養肉は脅威であり、その国の経済に大きな影響を及ぼす可能性があります。2050年の食肉生産の世界地図は現在とまったく違っていても不思議はありません。
さて、新たなマーケットの勝ち組となるのはどの国、どの企業でしょうか?今後の動向に要注目です。
「食のサステナビリティ」はもっと注目されてしかるべき
現状では、サステナビリティやESGの話題が気候変動やその対策としての脱炭素に集中していますが、本来はこの食のサステナビリティにもっと注目が集まってしかるべきだと思います。上述したように、食のサステナビリティに関する問題解決が森林破壊に歯止めをかけ、気候変動問題の解決にもつながるわけですし、そもそも温室効果ガス排出ネットゼロを達成しても食料がなければ私たちは生きていけないわけですから。
資産運用会社としては、食品ロスの削減や商慣行の見直しを「食」にかかわる企業に働きかけるとともに、「代替たんぱく質」の市場拡大を牽引する企業のイノベーションを後押しすることが重要な役割になってきます。
ぜひ読者のみなさんも、今夜の食事のメニューでも考えながら「食」の未来について思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。培養肉についてもっと知りたい方は、映画「ミート・ザ・フューチャー」おすすめです。