統合報告書を読むポイント
提供元:三井住友DSアセットマネジメント(責任投資推進室 シニアアナリスト 肥土恵子)
統合報告書は、企業が長期的に価値を創造するための長期ビジョン、経営者の考え方、強みとする技術や製品、人材活用の取り組みなどを伝えることを目的に作成されています。国際統合報告評議会(IIRC)による「国際統合報告フレームワーク」等の代表的な開示基準はありますが、決まった開示様式はなく、各社が内容を自由に決められる点で独自性が強い開示資料です。投資家として企業の価値創造の実現性を見極めるために、私が統合報告書をどのような視点で読んでいるか紹介します。
マネジメントメッセージから本気度を読み取る
最初に読むのは社長(CEO)メッセージです。サステナブル(持続可能)経営の視点がメッセージに含まれているかを確認します。会社自身がサステナブルであるためには、自社の製品・サービスや技術が、人々の生活や環境に役立つと同時に、負の影響を与えない経営を行うことが大切です。
「10年後に売上高1兆円を目指します。」といった財務目標だけを掲げる企業がありますが、社会にどのような好影響をもたらす企業になりたいかという長期ビジョンがないと、結果として競争力の低い事業の寄せ集めで売上規模を拡大し、環境や人権に負の影響をもたらすリスクが生じます。長期ビジョン実現による社会的価値(アウトカム)と、それによって創出される経済的価値(キャッシュフロー成長)、その2つの面から企業価値を高める経営方針が示されているかに注目します。
企業価値向上の源泉となる自社の強みは何か、さらに競争力を高めるために計画している施策は何か。一方で、自社に不足する要素や課題の特定とその改善策も重要なポイントです。不確実な経営環境において、企業価値を高めるためにどのような経営をしていくのか、その覚悟と熱意が社長自らの言葉で語られていると、自ずと企業価値向上の確信度が高まります。
財務面では設備投資と資本効率に注目
次に財務担当役員(CFO)メッセージでは、中期営業キャッシュフローをどの程度積み上げることができるのか、いわゆる「稼ぐ力」についての見通しと、稼ぐ力を一層強くするために必要な投資内容に注目します。例えば、高効率製造設備などエネルギー効率改善投資や資源再利用化投資などが計画されていると、環境負荷低減目標と整合性がとれていると判断できます。
資本効率改善に対するCFO方針も重視します。大型投資計画がなければ余剰キャッシュを株主還元する、在庫を圧縮してキャッシュ創出力を高める、さらに競争力・成長性・投資利益率を考慮した事業ポートフォリオ改革に踏み込んだ方針が発信されていると、資本効率改善の経営の本気度が伝わります。
また、統合報告書に社外役員のメッセージを記載する企業が増えています。社外役員が株主の代表として経営を監督し必要な助言を行っているか、さらに執行側の戦略的リスクテイクへのバックアップ対応などを読み取りたいと考えています。専門性や経験に基づく率直かつ具体的なメッセージであれば、社外役員への信頼と期待を持つことができます。
企業の歴史から未来をみる
多くの企業が示している沿革図では、長い歴史をもつ企業はいくつかの期間に区切って自社の変遷をわかりやすく説明しています。社会の変化に合わせて主力事業を柔軟に変えてきた、新たな用途を開発することで主力製品を成長させてきた、あるいはM&Aにより多角化を志向してきた、など現在のビジネスモデルや事業ポートフォリオに至った経緯がわかります。そこには、「人々の生活を豊かにしたい」「時代が変わっても科学技術で社会に貢献する」など経営理念や創業者の想いが背景にあります。歴史を通して長期にわたり受け継がれてきた価値観や経営の軸を知ることは、企業の将来を予想する上で役立つと考えます。
価値創造ストーリーに説得力があるか
多くの企業が国際統合報告評議会(IIRC)の「国際統合報告フレームワーク」ガイドラインに沿った「価値創造モデル」を掲載しています。長期的な社会環境変化(メガトレンド)と社会課題、自社の目指す未来、創出する社会的価値(アウトカム)、アウトカムに寄与する自社製品やサービス(アウトプット)、それを実現するためのバリューチェーン、研究開発力・人的資本・製造資本などの投資(インプット)が図にまとめられています。
ただし断片的な内容にとどまることが多く、長期的な社会的価値と経済的価値の創出プロセスを図から理解するのが難しいことがあります。私は企業との対話を通して、社会・環境への貢献に関する長期目標について、その具体的内容と規模(アウトカム)、そのことが自社の売上高・利益(アウトプット)に及ぼす影響を確認しています。
インプットについては項目ごとに詳細に記述している企業が多いです。競争力ある技術・研究開発力や優位性を高める知財戦略を有しているかなどを確かめます。人的資本は経営戦略と整合性ある人材育成・投資を行っているか、専門人材を外部から採用しやすい人事制度であるか、多様な考え方を許容できる組織文化が醸成させているか、などに着目して読んでいます。
例えば、アサヒグループホールディングス(証券コード番号:2502)は統合報告書で「Our Growth Story」として2022年、2023年と2年続けて具体的取り組みを紹介しています。「アサヒスーパードライ」のコロナ禍におけるローマ工場現地生産開始や「生ジョッキ缶」開発のストーリーからは、高いハードルにチャレンジする現場力が伝わってきます。実際に、「アサヒスーパードライ」の現地生産販売、「生ジョッキ缶」とも同社の財務成長に寄与しており価値創造に繋がっています。2023年はホールディングのサステナビリティ推進責任執行役員と、欧州、オセアニア、東南アジア、日本の各リージョンのサステナビリティ責任者によるグローバルサステナビリティ戦略推進の対談が紹介されています。
こうした具体的な事例紹介は、企業価値向上の説明要因として、説得力を高める効果があります。企業の創意工夫による独自性あふれる統合報告書を読むのが毎年楽しみです。皆さんも今回紹介したポイントに注目して、気になる企業の報告書を読み比べてみてはいかがでしょうか。