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債券投資家にとってのESG ~色褪せない重要性~

提供元:三井住友DSアセットマネジメント(運用部 兼 責任投資推進室 シニアクレジットアナリスト 畠山 雄史)

債券市場:歴史的にガバナンス要因を重視する慣行

昨今米国では機関投資家等が行うESG投資に反対する機運も一部で高まっています。しかし、債券市場においては、個別銘柄のクレジット調査や投資判断の際に、デフォルト(債務不履行状態)に結びつくESG要因を考慮する慣行が、銀行・機関投資家・格付機関といった主要な市場関係者の間で醸成されてきた歴史があります。

特にG(ガバナンス)は、日本において2000年前後から開発が進んだ銀行での与信審査モデルや、機関投資家やサービスベンダーが使用する信用格付予測モデルにも組み込まれてきました。ソブリン(政府債務)の信用格付手法でも、長年にわたりG(ガバナンス)は評価項目の大黒柱の一つです。また、格付機関も揃って、従来からESG要因を考慮した信用格付情報を提供していると公言しています。

債券 = “Fixed Income”

債券は運用リターンの安定性が高いアセットクラスとされています。一般的な固定利付債を見てみると、発行体から支払われる元本やクーポン(利息)があらかじめ決まっており、満期に応じた利回りで割り引くことで債券価格が算出されます。分母となる利回りは流通市場の実勢金利に影響を受けますが、”Fixed Income”という名の通り、分子の将来キャッシュフロー(元本およびクーポン)が投資時点で確定しているのが特徴です。

一方、株式や不動産の理論価格は、将来キャッシュフロー(配当金や賃料等)およびそれを割り引く収益率のいずれにも投資家自身の予想や要求する期待等が反映されます。分子・分母いずれにも変動要因があるため、理論的な観点からみても、債券価格はボラティリティが比較的低いと言えそうです。

ベースとなる国債金利が上昇する局面であっても、定期的に受け取るクーポン(利息)というインカムゲイン(キャリー収益)に加え、イールドカーブの形状が右肩上がりであればキャピタルゲイン(ロールダウン効果)が一定のクッションの役目を果たします。保有期間が長いほど、複利効果も累積されます。
また、一発行体でも短期・中期・長期・超長期と、投資家が自身の運用ニーズに応じて、様々な発行年限を選択できるのも、株式とは異なります。

クレジットリスクと流動性リスク

もっとも債券は、銀行借り入れと同じく、債券購入者、すなわち投資家に対する借用証書である点は忘れてはなりません。何らかの理由で発行体が元本や利息を所定の期日に支払うことができなくなれば、デフォルト(債務不履行状態)となり、投資時点で期待していた運用リターンが確保できなくなります。国債、国際機関債、政府保証債、財投債、金融債、社債、モーゲージ債等は、いずれも購入した時点で程度の差はあれ、デフォルトに陥るリスク、すなわちクレジットリスク(信用リスク)を負うことになります。

流動性リスクも主要なリスクの一つです。プライマリー市場(発行市場)の規模こそ債券が株式を上回るものの、相対取引が中心で取引量は比較的少なく、株式より流動性が低い特性を併せ持ちます。主な投資家層が機関投資家に限られることや、2010年代以降、国際的に金融規制が強化されたことでマーケットメーカーのリスク許容度が低下していることも背景にあります。

信用不安時には債券価格が急速に下落

債券利回りからベース金利を除いたクレジットスプレッドの分布が、ファットテールである点も見逃せません。信用格付が低いほど非線形にデフォルト率が上昇するため、クレジットスプレッドは、格上げに伴う縮小幅より、格下げに伴う拡大幅の方が大きくなります。ひとたび信用不安が起きれば、短期間で数百bp(ベーシスポイント,1bp=0.01%)跳ね上がっても不思議ではありません。過去には日本でも5年物のCDSスプレッドが1,000bp超へワイド化した銘柄もあり、仮にその組入れ比率が1%程度だったとしても、運用ファンドによってはたちまち年間目標リターンを稼ぎ出すのが困難になるでしょう。信用不安銘柄を組み入れてしまったことで、着実に積み上げてきたキャリーおよびロールダウン収益を短期間で吹き飛ばしてしまう、そうしたリスクがあるのが債券というアセットクラスです。

「ダウンサイドリスク」、つまりクレジットリスクもしくは流動性リスクの発現をいかに回避・抑制できるか。その巧拙が運用成績を左右することになります。

信用格付は定義やマテリアリティに共通性、ESG要因も考慮

こうしたことから、信用格付は債券市場に欠かせないベンチマークとなっています。格付機関によってメソドロジーこそ異なるものの、レーティングの定義およびクレジットリスクに影響を与える要因にフォーカスするというマテリアリティについて、それらの基本的な考え方自体は各社共通しています。AAやBBBといった信用格付記号は、後々に実績として表れる一定期間の累積デフォルト率と整合的であるか、長年にわたって検証もなされています。定義やマテリアリティに共通性があるだけに、格付機関の評価の違いを比較しやすく、債券投資家にとって有用なツールであることは間違いありません。

格付機関では、クレジットリスクを評価する際にESG要因は重要としています。なぜなら、ESG要因がデフォルトの原因となることもあるからです。例えば、2019年に米国のエネルギー関連会社が大規模森林火災の影響で連邦破産法第11条(チャプター11)の適用を申請したケースがあります。この事例では、自社の設置機器の不良や安全対策の不備といったS(ソーシャル)の弱さが発端となりました。

デフォルト状態にまで陥らなくても、ESG要因によって信用格付の方向性がネガティブに変更されたり、格下げされた事例も散見されます。実際、主要格付機関4社(Moody’s・Fitch・R&I・JCR)の格付アクションを見ると、2023年に起きたESG要因によるネガティブなアクション(格下げ、格付の方向性がネガティブへ変更、および格下げ方向のクレジットウォッチ指定)は、少なくとも55件が当社にて確認されています。

信用格付情報のみではダウンサイドリスクを回避できない面も

格付機関がESG要因を考慮しているとはいえ、信用格付に含まれていないESG要因が存在することには留意が必要です。本来、信用格付評価とESG評価では、時間軸が異なります。信用格付は、短期あるいは中期タームでのデフォルトの可能性に対する意見である一方、ESG評価は、当該リスクの発現想定時期が長期・超長期でも対象となります。信用格付に十分織り込まれていない一例として気候変動(E)が挙げられます。

ESG要因の明示化が信用格付上の課題であることも、債券投資家は認識すべきでしょう。産業リスクといった定性的な評価項目に対するESG要因の言及は増えてきてはいるものの、ESG要因の定量的な反映度合いが外部からは分かりにくい面があります。2023年8月にS&Pが信用格付レポート上でのESG定量評価指標の記載を廃止したのは象徴的な事象です。イベントが起きてから格下げとなり、ESG要因の反映度合いが後から分かるといった事例が増えるかもしれません。

従って、潜在的なダウンサイドリスクを見極めるには、信用格付情報に頼るだけでなく、債券投資家自らがESGを考慮したクレジット調査や債券評価を行うことが欠かせないということになります。

債券投資家にとっての外部ESG評価

MSCIに代表される外部ESG評価はどうでしょう。評価項目が100以上あることも珍しくなく、債券投資家がそれらを吟味することで、発行体との情報の非対称性を是正し、ESG調査・分析に係る業務コストを低減できるというメリットがあります。

ただし、外部ESG評価は、上場企業向けに開発された歴史的な背景があり、債券投資家にとって必ずしも有用とは言えない面もあります。例えば、債券発行規模が大きい非上場企業のカバレッジが不十分なESG評価機関は依然として存在します。格付機関と比べると規制が緩く、メソドロジーの開示自体にも課題がある他、ESGの定義やマテリアリティもまちまちです。

債券セクターによってESGスコアの分布も異なります。主要ESG評価機関間の企業向けESGスコアは相関のばらつきが比較的大きいことが知られている一方、世界銀行によると、ソブリン向けESGスコアは企業向けと比べて、主要ESG評価機関間での相関係数が高いと指摘されています。GNI(国民総所得)や一人当りGDP(国内総生産)との相関が高く、所得バイアスの
排除が難しいといった点が理由です。

ESG評価機関各社のメソドロジーを理解し、その限界も認識した上で、広範な債券発行体の特性を踏まえて外部ESG評価を活用するスキルは、特にバイサイドのクレジットアナリストにとって今後ますます重要になるでしょう。

図表1 主要ESG評価機関間における企業向けとソブリン向けESGスコアの相関係数(%)

出所:Gratcheva,Ekaterina M.; Emery,Lincoln Teal; Wang,Dieter. "Demystifying Sovereign ESG" : World Bank Group.(2021)
https://openknowledge.worldbank.org/server/api/core/bitstreams/6c664ccf-ba17-59d9-98fa-709118908af7/content

ESG知見を有した債券運用担当者との融合も必須

債券特有のダウンサイドリスクを回避するためには、クレジットアナリストが行うボトムアップアプローチのみならず、運用担当者(ポートフォリオマネージャー、ファンドマネージャー)によるトップダウンアプローチとの融合も必要です。投資判断の際には、当該発行体のクレジット判断のみならず、国内外の経済・物価・金融・財政政策の見通し、債券発行・流通市場の需給動向や金利リスク、債券投資家のリスク許容度などを考慮することが、運用リターンの獲得には欠かせません。

クレジットイベントが発生しても、当該発行体の財務基盤が盤石であればデフォルトリスクを回避できる可能性が高いですが、当社では、インハウスのクレジットアナリストが直接財務に与える影響が限定的と判断しても、運用担当者がESGイベントの悪質性やスプレッドへの影響を重視し、いち早く売却判断を行ったことでファンドパフォーマンスに貢献した事例も積み上がっています。運用担当者がESGを考慮した意思決定を行うことで、ダウンサイドリスクの回避のみならず、超過リターン獲得機会に結び付ける可能性も広がります。
投資前の調査・投資判断・投資後の管理といった各運用工程において、ESGインテグレーション体制を整備し、その実効性を高めることが、債券ファンドのパフォーマンス維持・向上に不可欠と言えるでしょう。

個別銘柄レベルでのモニタリングは綿密に

ダウンサイドリスクを完全に排除していくことは容易ではありませんが、継続的にESG分析を行い発行体の体質を理解し、様々な情報ソースを活用して丹念にきめ細かくフォローしていけば回避できる面があります。個別銘柄レベルでの綿密なモニタリングが債券運用パフォーマンスを左右する、と当社が考えているのはそのためです。

当社は、独自開発のESG推計格付モデルや、自社ESGスコア等を活用し、ダウンサイドリスクの抑制・回避を主眼とした債券ESGインテグレーションを引き続き推進してまいります。

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